日時:2024年12月20日(金) 13:30-16:00
形式:オンライン (Zoom)
プログラム:
13:30-13:35 はじめの挨拶
林哲也(NBRP プログラムオフィサー)
13:35-14:00 「野生イネの代謝物情報整備」
佐藤 豊(国立遺伝学研究所)
14:00-14:25 「トマトの逆遺伝学的解析プラットフォームを形成して
植物科学を発展させる」(当日の動画)
杉本 貢一(筑波大学生命環境系)
14:25-14:40 休憩
14:40-15:05 「ニホンザル集団の遺伝的差異と歴史」
東濃 篤徳(京都大学ヒト行動進化研究センター)
15:05-15:30 「ネッタイツメガエル近交系の表現型変異を
もたらすゲノム変異と遺伝子発現」
井川 武(広島大学両生類研究センター)
15:30-15:55 「メダカ野生由来系統のゲノム情報整備とその活用」
安齋 賢(岡山大学理学部附属臨海実験所)
15:55-16:00 おわりの挨拶
NBRP広報室
スピーカー:
佐藤 豊
(国立遺伝学研究所)
「野生イネの代謝物情報整備」
イネ(Oryza)属23種は、栽培種であるO. sativaとO. glaberrimaに加え21種の野生イネから構成される。イネ属は世界各地の熱帯から温帯に分布し、なかでも野生イネは多様な環境に適応していることから、病害虫抵抗性などの農業上有用な形質の宝庫であると考えられている。実際に野生イネ由来の有用遺伝子がイネの育種にも利用された例もある。また、イネ属のゲノム解析が精力的に進められており、栽培イネの栽培化過程に加え、イネ属の進化過程や遺伝的多様性も明らかにされつつある。ゲノム多様性に関する記述が進む一方で、イネ属内の表現型の多様性に関する理解はほとんど進んでいない。
メタボロームは代謝物についての表現型の総体(フェノーム)と表現できる。メタボローム情報を系統関係や生育環境の類似性に基づいて比較することで、イネ属の進化過程での代謝組成の変化や、代謝物を介した環境適応の様子を明らかにできる。また、種に特異的な代謝物からはメタボロームの多様性が生じる分子メカニズムに迫れると期待される。したがって、メタボローム解析はイネ属内の表現型多様性を明らかにするだけでなく、イネ属の進化の様子を分子レベルで明らかにするための基盤になるといえる。
本発表は、NBRPのゲノム情報等整備プログラムで行った野生イネ属の代謝物情報取得に関する情報を提供し、代謝物情報から見えてきた野生イネ属の多様性に関して紹介する。
杉本 貢一
(筑波大学生命環境系)
「トマトの逆遺伝学的解析プラットフォームを形成して植物科学を発展させる」
(当日の動画)
トマト(Solanum lycopersicum)は世界で最も生産量が多い果実野菜であり、果実形成などの分子遺伝学的解析に用いられるモデル植物としての地位も確立しつつある。一方で変異体や変異情報がイネやシロイヌナズナと比較して少なく、また国際的な輸出入の障壁が高い作物であることから、逆遺伝学的な解析のためにはRNAi系統もしくはゲノム編集系統を自前で作出する必要がある。しかしトマトの形質転換は組織培養を経る必要があるため多くの時間と労力、技術が必要になる。ナショナルバイオリソースプロジェクト・トマト(NBRPトマト)では、分子遺伝学的研究に使いやすい多くの栽培特性(小型・高密度での栽培が可能・蛍光灯下でライフサイクルを回すことができる、組織培養の生育速度がはやいなど)を持つ品種“マイクロトム”を親株とした大規模変異体集団の収集を行っており、これまでに20,000以上の変異体プールを収集し、その中から見た目の表現型を示す2,500系統以上の個別変異体を単離した。
本発表では個別変異体系統から得たゲノムDNAを利用し、そのエキソン領域をシークエンスした結果を紹介する。エキソームシーケンスのデータを利用することで、論文で報告のあるトライコーム形成関連変異体の新規アレルを逆遺伝学的に得ることができた。そのためNBRPトマトユーザーの皆さんが必要とする変異体の取得も可能であると考える。今後はより多くの遺伝子に関する変異を得るために、シーケンスする系統を増やす必要がある。得られた遺伝型情報はNBRPトマトが提供する変異体データベースTOMATOMA(https://tomatoma.nbrp.jp/)から提供する予定である。
東濃 篤徳
(京都大学ヒト行動進化
研究センター)
「ニホンザル集団の遺伝的差異と歴史」
NBRPニホンザルでは、日本各地から繁殖用母群としてニホンザルを導入し飼養保管している。日々の飼育観察から集団ごとの特徴的形質や行動を示すことがわかっている。我々はニホンザル5集団64頭の全ゲノムシーケンスを行い、集団間の遺伝的差異と機能的変異を明らかにした。ニホンザルは他のマカク類に比べ遺伝的多様性が低く、多くの共有・特有の遺伝子欠失を持っており、これが集団特有の表現型に影響していると考えられた。集団特有の表現型を引き起こす要因となっている変異の候補を選抜するために、変異のFST(集団間の遺伝的差異の指標)値を計算した。アウトグループとなるマカクザル(カニクイザル、アカゲザル、タイワンザル)に存在しない変異のうち、ニホンザル集団間のFST値が上位1%に入る変異を、集団に特徴的な変異と定義し、その中から各集団に特徴的な機能欠失変異を選択した。各集団において40個程度の遺伝子が集団特徴的な機能欠失変異を持っていることがわかった。
ニホンザルの全ゲノムデータはこれまであまり多く公開されてなかったこともあり、全ゲノムデータを用いた集団史は十分に研究されていなかった。我々は各集団のハプロタイプを推定し、集団の個体数動態を推定した結果、ニホンザルは全ての集団で約40-50万年前に強いボトルネックを経験し、その後、約15-20万年前に分岐したと推定された。分岐後に強い遺伝子流入の時期があり、これは氷期サイクル中の生息域の断片化と統合による、集団間の分岐と統合が繰り返された事に起因することが示唆された。
今回得られたデータは、ニホンザルを用いた研究の中で、特にユーザーが多い神経科学分野のみならず、生物科学全般において、ニホンザルの研究モデルとしての価値を高めると期待される。今回の大規模な全ゲノム解析による集団間の遺伝的差異と機能的変異は、ニホンザルの生物科学研究に貴重な知見を提供する成果である。そして、ニホンザルの複雑な集団史を明らかにするだけでなく、ニホンザルの適応と進化を解明し、進化生物学に貴重な知見を提供するものと言える。
井川 武
(広島大学両生類研究
センター)
「ネッタイツメガエル近交系の表現型変異をもたらすゲノム変異と遺伝子発現」
ネッタイツメガエルは、2倍体のシンプルなゲノムかつ比較的短い世代時間であり、両生類の有用なモデル生物の一つである。NBRP中核的拠点である広島大学両生類研究センターでは、本種の野生型リソースとして4つの近交系統の提供を行っている。近交系統はナイジェリア原産の3系統(Nigerian A、Nigerian H、Nigerian BH)とコートジボワール原産の1系統(Ivory Coast)が存在する。ナイジェリア産とコートジボワール産に創始集団の違いに由来する遺伝的、形態的差異が存在することは自明だが、興味深いことに、同じ創始集団に由来するNigerian系統の間にも差異が存在することも明らかになってきた。さらに、系統ごとに性決定様式(XY:オスヘテロ型あるいは、ZWメスヘテロ型)が異なることも分かってきた。これらの系統の遺伝情報については、2018年度からのNBRPゲノム情報等整備プログラムによって、系統ごとの全ゲノム情報と、臓器・組織を網羅した遺伝子発現情報、アイソフォームデータが整備・公開されており、リソースユーザーをはじめとしてすべての研究者が利用可能になっている。
本発表では、それらの情報リソースを紹介するとともに、系統間の遺伝子発現及び形質の差異に寄与すると考えられるゲノムの多様性、特に同じ創始集団から作出されたNigerian系統のゲノム固有性について議論したい。
安齋 賢
(岡山大学理学部附属
臨海実験所)
「メダカ野生由来系統のゲノム情報整備とその活用」
メダカは東アジアに広く分布する小型魚の1種です。特に日本では地域の河川や湖沼、田んぼなどの身近な淡水域に生息することもあり、観賞魚や理科教育教材として一般にも馴染みの深い魚の1つです。興味深いことに、南北に長い日本列島では、メダカは地域ごとに異なる環境に適応しており、そのため各地域固有の遺伝的特徴を有しています。NBRPメダカでは、日本を中心に東アジア各地の野生メダカに由来する系統の収集・保存・提供を行っており、その数は100を超えます。これらのメダカを利用した研究から、日本列島におけるメダカの拡散ルートの推定や寒冷地適応に関わる生理応答の仕組みなどが研究されてきました。メダカのモデル生物としての強みも合わせ、生物の多様性や環境適応と実験生物学研究をつなぐ新規のモデルシステムとして、その活用が期待されています。
私たちは、これらのNBRPメダカ野生由来系統のさらなる活用を推し進めるべく、全ゲノム情報の整備を進めています。まず、大規模並列シーケンサーを用いて、野生由来系統の全ての系統からオス1個体分の全ゲノム配列を取得しました。抽出した多型情報から各系統の系統関係や近交度を推定したところ、大部分の野生由来系統はその採集地由来の遺伝的多型を保持しており、逆に系統内の多様性は十分に低く系統化されていることが確認できました。現在、表現型と遺伝子型の相関解析であるゲノムワイド関連解析を含め、その多様性を利用したさらなる研究展開を進めている所です。
本講演では、表現型の多様性とゲノムデータの両面から、バイオリソースとしてのメダカ野生由来系統の特徴や有用性を紹介します。さらに、その長所を活用した今後の研究展開や既存のバイオリソース活用との相乗効果についても議論したいと思います。
ナショナルバイオリソースプロジェクト(NBRP)は、わが国が戦略的に整備することが重要なバイオリソースについて、体系的に収集、保存、提供等を行うための体制を整備することを目的に2002年度にスタートしました。これまでの過去20年間におよぶ活動により、動植物・微生物等のバイオリソースとそれらに関する情報提供の事業拠点が整備され、世界的にも類を見ない多様かつ体系的なバイオリソース整備プロジェクトとして着実に成長してきました。
今回、バイオリソースのさらなる利活用の促進に向け、2022-2023年度に採択されたゲノム情報等整備の課題の成果をご紹介いたします。ゲノム情報等整備では、各リソースの付加価値を高めるための有用な情報の解析等を行なっています。このオンラインワークショップでは、5つのリソースについて、担当者から、最新の成果について発表いたします。
[主催/お問い合わせ]
国立遺伝学研究所 NBRP広報室